アルルノベルス
アルルノベルス
r02.gif
 アルルノベルス
 新刊案内 既刊案内 WEB小説 コラム お知らせ LINK SHOP トップへ戻る
 
  
 
WEB小説

『絶対者に奪われて』発刊記念企画 バーバラ片桐 著/海老原由里 画

蜜愛シリーズ『独裁者の求愛』『専制君主の蜜愛』あさひ木葉 著/海老原由里 画 発刊を記念して、ファンの皆様に、先生からのコメント、美麗壁紙ダウンロード、ちょこっと読み♪、書き下ろしスペシャル小説をお届けいたします。楽しみにしていてね♪
     

●長能公秋(ながのきみあき)・39歳
元投資顧問。堕ちたカリスマとも呼ばれ、かつて経済的事件を起こしたあとは、表舞台から遠ざかっていた。現在は他業種の会社を経営している。かつて、羽振りがよかったときには、ベンチャー企業の起業に手を貸していた。安藝の元愛人。冷静沈着で、物腰は柔らかい。

●冷泉優一(れいぜいゆういち)・32歳
長能の秘書。かつて長能が失墜したあとも片時も傍をはなれなかった。日本人形のような端整な容姿で、年齢不詳の美貌の持ち主。素直クール系。感情を表に見せないタイプ。しかし、長能に対しては時に挑発的な態度をとる。現在、長能の愛人兼片腕。 かつて自分の父の会社を長能に乗っ取られている。

●鷹匠恭次郎(たかしょうきょうじろう)・41歳
元は一流証券会社の自己投資部門にいて、その後独立。カリスマディーラーと言われた男。現在は、富裕層相手の投資顧問会社他、金融系の会社をいくつか経営しており、金融業界にも金融行政にも顔がきく。かつて、長能の会社を潰した黒幕。 傲慢で不遜な男。

●安藝郁実(あきいくみ)・29歳
上昇志向が強く、気位が高い性格。新進気鋭の会社社長。老舗ホテルグループを乗っ取ろうと計画。
現在は失脚しているものの、第一次IT世代で華々しい成功を収めた長能公秋の愛人をしていたその時、彼に目をかけられ融資を受けたことから、学生ローンの会社を経営、そこから会社乗っ取りを繰り返し、レジャー会社の社長になりあがった、バイタリティ溢れる性格の持ち主。 利用できるものはなんでも利用してやると思っているし、負けたら終わりだと思っている。

あらすじ
【独裁者の求愛】
「君を手に入れたくなってね」
麗しい美貌と才能で企業買収を繰返し事業を拡大させてきた安藝郁実。その成功を邪魔するのは因縁の男・鷹匠だった。巨富を擁する金融系企業を築きあげた男・鷹匠が、絶対のピンチに見逃す対価として、突きつけてきた要求は、高尚で可憐な安藝の躯。悔しさに震わせながら差し出した躯は、プライドをねじ伏せられ調教されながらも快楽を享受していく――。
プライドをかけた男達の恋の駆け引き。

【専制君主の蜜愛】
秘書の冷泉は、ある悲劇の夜に社長の長能に抱かれる。失意の彼の慰めと、ある思惑の為に。挑発で始まる関係・それは、覇者である彼の傍にいる唯一の方法だった。長能の指先でいたぶられ開発されてゆく。彼にしか解くことができない躯を誇りに、ただ彼だけを見つめていた。だがある夜、長能と元愛人との逢瀬を知る。実らぬ想いに足掻く事もできない冷泉は、恋の終焉を覚悟したその時…。 恋という蜜に縛られた愚かな純愛――。

WEB小説
  
ちょこっと読み♪ 『独裁者の求愛』
ちょこっと読み♪ 『専制君主の蜜愛』
書き下ろしSS 第一夜
書き下ろしSS-2 Coming soon!!
各先生からのコメント
あさひ木葉 先生
今回は、なかなか予定どおりにいかなかったのにも関わらず、特集ページを作っていただいてしまいました。ありがとうございます。
海老原先生にも、担当さん他関係者の皆さんにも本当にご迷惑をいっぱいかけてしまったのですが、とても素敵な本にしてくださいまして、ありがとうございました!
読者の皆さんにも、予定どおりの発行とならずにご迷惑をおかけしまして、本当にすみませんでした。お手にとってくださいました皆さん、ありがとうございます。または、このページでご興味をもたれた方には、そっと本屋さんでページをめくっていただけたら嬉しいです。
特集ページでは、私はSSをアップさせていただく予定です。こちらも、楽しんでいただけたらいいなと思っています。
特集ページといえば、実は私も、海老原先生の美麗壁紙のアップを、じりじりと待っています。
海老原先生、キャラクターたちに素敵な姿形を与えてくださいまして、本当にありがとうございました。


海老原由里 先生
挿絵を担当いたしました、海老原由里です。蜜愛シリーズは2作品ともとても大人っぽいお話で、ドキドキしながらイラストを付けさせていただきました。シリーズそれぞれで主役のカップルは変わりますが、お話自体はつながっているので、出来れば2冊一緒に楽しみくださいませ


壁紙ダウンロード
・独裁者の求愛  1024*768  800*600
・専制君主の蜜愛 1024*768  800*600


独裁者の求愛

 プロローグ

  「脱げ」
  駆け引きも何もなく、要求は直接的だった。
 ソファの背もたれに悠然と背を預けた男は、長い脚を組んで郁実を見つめている。下衆な欲望を口にしているくせに、冷然としていた。
 年は郁実より十歳は上のはずだが、活力に溢れた黒い瞳のせいか、若々しく見えた。体格がいいから、遊び心のあるスーツもすんなり馴染んでいる。そのくせ、品があって、いかにも社長という風格だった。
 エリート人生を順風満帆に歩いている人間特有の自信と、まだこれから何かを成し遂げようとしている意志の力が、内面から彼を輝かせているのかもしれない。若作りをしていると言ってやれないのは、あまりにも彼が自然体だからだ。
 自然体で、傲岸不遜だった。
 こんなにも無遠慮に、人の内面を透き見するような眼差しを向けてくる男を、郁実は他に知らない。
「……今まで聞いた中で、最悪の口説き文句だ」
 郁実は、眦をつり上げる。
 今まで、たくさんの男に言い寄られてきたことがある。郁実自身それを許し、楽しんでいた。しかし、ここまであからさまなことを言われたのは初めてだ。
 自分の顔の造作について、もともと郁実はあまり興味がなかった。しかし、ある理由からホストをしたことにより、郁実は自分の容姿の価値を知り、時と場合によっては驕慢に見えるほどの態度で利用していた。美貌を利用することでのし上がった経験に、自信は裏打ちされた。
 知恵でも、力でも、たとえば自分がそんなに好きではない容姿だとしても、利用できるものは利用するというのが郁実のポリシーだ。実際に、これまではそれで成功してきた。これからも、そのつもりだった。
 目の前の、この男さえ現れなければ。
「気の利いた台詞ひとつ、言えないのか」
 そんなナリをして、色事には疎いのかと言外に笑ってやる。こんな強気な態度に出るのも、追いつめられているからだ。追いつめていればいるほど、絶対にそれを知られたくなくて、真反対の態度に出る。
 弱い自分なんて、見せられない。いつでも強気でいたいのは性分だ。
「気の利いた台詞? どうして、私が君にサービスをしてやらねばならないんだ? サービスするのは君のほうだろう」
 組んだ膝に腕を置き、男は少し身を乗り出す。
「君は私に、一夜を売った。私から譲歩を引き出すためにね」
「……っ」
 まったくその通りだ。しかし、あらためて言葉にされると、腹立たしいことこの上ない。その上、彼は郁実が腹を立てることがわかった上で発言しているのだと思うと、ムカつきも二乗になるというものだ。
「自分が楽しめればいいってことかよ。いい年して、つまんないセックスしかしたことないんだな」
「さあ、それはどうだろう。自分ではわからないね。相手に聞かなければ。……君は、身を以て判断してくれ」
 これで、少しでも不快そうな表情をしてくれれば、まだ可愛げがあるものを。男は余裕たっぷりの笑みを漏らしただけだった。
(こいつ……っ)
 何でもいいから、彼に優位を示してやりたい。こんなふうに、上に立たれたまま、意に沿わない夜を過ごさなくてはいけないなんて、悔しくて仕方がなかった。
 けれども、そんな自分の気持ちを表すことはできない。
 自分でも本当にどうしようもないと思うが、人に馬鹿にされないよう、見下されないようにと対抗意識を持ちがちだった。
 たとえ郁実がどれだけ罵ったとしても、男がこんなに悠然としているのは、きっと揺るぎない自信があるからだろう。
 ところが、郁実にはそれがない。
 悔しいし、生来意地っぱりなせいで、どうしても表には出せないけれども、いつだって自分が再び全てを失うのではないかという不安がある。
 その不安をかき消すように、がむしゃらな、無茶な真似をたくさんしてきた。気が強いと言われるのも、そうしないと胸に巣くう不安を打ち消せないからだ。
 これが、礎を持たないということだった。マイナスの環境からスタートした郁実にあったのは、自分自身という武器だけ。どれだけ他人をうらやんでも仕方がないから、自分にできる精一杯のことをしようと今まできた。
 だが、事業が大きくなり、華やかな場に登場する機会が増えるにつれ、まるで自分が張りぼてや、空気を入れすぎて大きくなった風船のように感じられることもある。
 男は、そんな郁実とは正反対だった。彼は多少つついたくらいで、ぱちんと弾けたりはしないに違いない。
 初めて会ったのは、ずっと昔だ。男は忘れているかもしれないが、郁実は覚えている。
 あの、屈辱の夜を。
「……いい面構えになったな」
 ソファの肘掛けに頬杖をついた男は、小さく笑った。
「あの頃の君も美しかったが、もっと艶やかで乱れた、風が吹けば散る花のような美しさだった。今はもう少し、鋭い感じがするな。……そこがいい」
「あんたの好みなんて、俺にはどうでもいい」
 初めて直接顔を会わせた夜を男が覚えていることを不思議に思いながら、郁実は吐き捨てた。
「そうかな? 君が私好みになったから、この取引は成立したんだよ。君が私好みになったというのは、実にお互いにとっていいことじゃないか」
 ああ言えばこう言う。
 郁実は、ぎりっと口唇を噛みしめた。
 郁実が多少反発したところで、男の優位は揺るがない。だから何を言おうと、こんなふうに受け流し、からかってくるのだろう。
 ますます、悔しさが募っていく。
(今に見てろ……っ)
 このままで終わるつもりはない。必ず、復讐する。
 郁実は心の中に、どんどん男への反感を募らせていく。
 そんな郁実の気持ちに気づいているのか、いないのか。郁実を眺めているのに飽きたようで、男は立ち上がった。隙のない動きだ。
 そして、郁実へと近づいてくる。
「……っ」
 立っていた郁実は、表情を歪めた。馴れ馴れしく、男が腰に腕を回してきたからだ。
「輝きを増した君を、こうして手に入れられるとは、これこそ男の本懐だな。地に落ち、泥にまみれても美しさに磨きをかけた君を、私は惜しみなく賞賛する」
 男は馴れた手つきで郁実の顎を摘みあげ、顔を傾けさせる。そして、顔を近づけてきた。
 気に障らないが、しっかりと香るフレグランスを身につけているようだ。この男なら、もっといかにも男くさいものを使用していそうなのに、意外にも爽やかなシトラス系の香りだ。
 薄い口唇が、郁実の口唇を吸う。何度か軽く吸われたかと思うと、次は口腔まで求められた。
「く…う……っ」
 さすがに、口唇を開くのは抵抗があった。咄嗟に口を噤んでしまう。
 すると、男は笑った。
「緊張しているのか? ……可愛いな。安心しなさい。怖いことはしないから」
「……!」
まるで処女のように扱われ、郁実はかっと頬を染めた。


                            この続きは、ノベルスでお楽しみくださいね♪

「……もう十時か」
 思い出したように、社長が呟く。社内の人事資料をチェックしていた冷泉は、その声で顔を上げた。
「帰っていいぞ」
 視線が合った途端、促される。しかし、冷泉は小さく首を横に振る。
「いえ、もう少しでキリがつきますから」
 顔を上げたあとのいつもの癖で、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、冷泉は言った。
 社長秘書である冷泉だが、何もスケジュール管理だけをしていればいいわけではない。仕事量は多く、忙しくしていた。残業は、ほぼ毎日だが苦ではない。好きでしていることだった。
 今は、人事関係の書類のチェックをしている。明日には、担当部署に送りかえしておきたいものだった。
 人事関係は基本的に人事部の裁量だが、この会社では最終的に社長がチェックをするようになっている。彼は文字通り、最高責任者だ。かつての苦い経験が、彼を慎重な男にしていた。そんな上司のもとで働く冷泉もまた、社内のことには隅々に目を通すことになる。
 尋常じゃない量の仕事をこなしていくために、冷泉はサポート業務だけではなく、彼の相談役としても立ち回らなくてはいけない。
 再起から、無我夢中で駆け抜けてきた五年間。
 仕事は忙しくても、決してそれを苦に思ったことはない。
「まだ月曜日だ。一週間は長い。帰れ」
 社長は、無愛想に言う。
「社長はどうされますか?」
「俺は、まだ残る」
 冷ややかにそう言う彼は、まだ経営者としては若い。それもそのはず。若手起業家の先駆けと呼ばれた男は、その時代から十年を経た今も、まだ三十代だ。
 細身の体、感情が伺えない無表情は、かつての彼をともすれば神経質にも見せた。しかし、月日は流れ、修羅場を乗り越えた彼には、年齢以上の落ち着きが備わっている。
 才気はあったが、それを鼻にかけるような高慢さも共に備えていた瞳は、今は知性に溢れ、思慮深く落ち着いたものになった。
 華奢そうに見えた首筋も、少し太くなった。
 けれども、クールを通りこし、冷たく見える雰囲気は今も変わることはない。
「社長が残るのに、私が帰るわけにはいきません」
 冷泉の言葉に、社長は眉を寄せた。
「俺につきあうことはない」
「私は、私の職務を果たすだけです」
 冷泉は、素っ気なく言う。
「勝手にしろ」
 とうとう、社長の口から譲歩を勝ち取る。
 冷たく突き放すような言葉に、胸が痛まないわけではない。けれども、他に望めるものなど何もなかった。
 ただ傍にいることしか。
 でも、彼の傍らにあることそのものが、冷泉の幸せだ。
(私だけなんだ。この人のすべてを見ているのは……)
 それを考えるだけで、冷泉の心は高揚する。
 彼のすべてを見てきた。
 堕ちる様も、もがく様も、焦る様も。
 そして、欲望をあらわにした、雄の表情……。
 すべて、冷泉が独り占めにしている。
 かつて大勢の取り巻きがいた社長だが、今は側近と言えるのは冷泉だけだ。他の社員には、距離を置いた接し方をしている。
 もともと他人に対して距離を置く男だったが、かつての苦い経験が、さらに彼の心を閉ざさせたのかもしれない。
 かつての側近たちの中で、冷泉だけが彼のもとに残れたのには理由があった。偽悪と欺瞞で、彼に縋りついたのだ。
 その結果、ねじれた関係を冷泉は後悔しない。
 もとより、彼を手に入れられることはないと覚悟を決めている。
 その上で、こうして傍にいるのだ。
 ねじれようが歪もうが、つながっていられるならそれでいい。
「……残業は、能率が落ちる」
 社長は出し抜けに立ち上がると、冷泉の背後に立った。
「ほら見ろ、惚けているくせに。さっさと帰れ」
 肩に大きな手が置かれる。その途端、冷泉の胸は高鳴った。惚けていたのは彼への思いが胸に満ち、行動を奪ったせいだ。それを打ち明けることは、できないが。
 俯き、絹糸のような黒髪を揺らす。
「明日はオフです」
 小声で、呟く。
「今夜は、おつきあいしてさしあげたほうがいいかと思って、残っていたのですが。……二週間ぶりですし」
 指折り日にちを数えていた浅ましさを、冷泉は素っ気なさで隠した。眼鏡のブリッジを軽く押し上げながら。
「二週間、か」
 社長の声に、低温の熱が籠もった。

 ──社長が、男になる。

 その瞬間、冷泉の背は大きく震えた。
 胸に溢れるのは至福だ。
 欲望を叶えられる期待で、かっと全身が熱くなった。
 しかし、自分の気持ちは注意深く隠す。
 冷泉と彼の関係は、あくまで乾ききったものだ。今更、それ以外の何物にもなることはできないのだ。
 勝者だった彼の凋落を見つめ、あがく姿を冷笑するために、冷泉は彼の傍に残った……ということになっているのだから。
 つながるためには、彼の憎悪を駆り立てることが必要だった。
 愛情は望めない。
 でも、せめて強烈な感情を自分に向けてほしい。
 自分の望みを通した上で、冷泉は偽悪に塗れることで、彼のプライドも守った。
 自分の選択を、後悔はしない。
 男の大きな手が、冷泉の肩に触れる。薄い肩の形を確かめるように掌は動く。耳朶にかかる息は熱く、冷泉は体を竦めた。
「……淫乱」
 男は、冷ややかに言う。
「そんなに、コレが好きか」
「好き、ですよ」
 冷泉は冷淡を装い続ける。
「あなたが、無様な雄に堕ちる姿を見ることができる。実に役得だ」
「俺が雄なら、おまえは雌だな」
「いいですよ、それで。相打ちになるのだから。……相打ちになったら、征服者としてのあなたの誇りは汚される。実に楽しいお話じゃないですか」
 眼鏡を外し、机に置く。小さな音も、静かなオフィスではやけに大きく響いた。
 冷泉は、ちらりと視線だけで男を振り返る。口唇には、毒を含んだ笑みを乗せて。
「あなたが好き者の暴君かと思うと、楽しくて仕方がない。苛立ちを解消するセックスだなんて、惨めなだけの行為を私に強いてくる」
 わざとらしい挑発も、この五年で随分板についてきた。最初は、震えを抑えるのに必死だったが、今は鼓動を気にするだけですんでいる。
「……心音がうるさいぞ、冷泉」
 冷やかすように、男は笑った。
「興奮しているんですよ。いけませんか?」
(あなたに、ときめいているなんて、知られたくない)
 ネクタイの結び目に指を入れ、ほどく。なめらかな床の上にネクタイが舞い、小さく衣擦れの音が聞こえた。 
「上を脱ぐ必要なんてないだろう?」
 男は、傲慢に命じてくる。
「さっさと下だけ脱いで、机に手をついたらどうだ。……お望み通り、雌として扱ってやろう」
「後ろから、ですか。あなたの澄まし顔が崩れる瞬間が見れないのは、つまらないですね」
 冷泉は目を伏せる。
 自分を抱く時の、男の顔を見るのが好きだ。研ぎ澄まされた視線が欲望にまみれ、自分だけを映しているから。
 できれば、抱き合ったまま貫かれたかった。
「……後で、見せてやるよ。ベッドでな」
 ようやく、待ち望んだ言葉をかけられる。
 冷泉は男に背を向け、スラックスと下着を脱ぎ落としながら、声を立てないように小さく笑ってしまった。
 こんな形でしか、男に誘ってもらえない自分を哀れむように。
 でも、そんなことは、絶対に彼には知られたくないけれども。
(……知っているから)
 冷たい机に手を置き、男に対して尻を突き出す。期待のあまり肌が熱くなり、尻のすぼまりの奥では、後孔がひくつきはじめていた。
(あなたが、私を愛していないことくらい)
 男が背中から覆い被さってくる。剥き出しになった冷泉の下半身に彼の指が絡みつき、思わず息を詰めてしまった。
「……っ」
「もう勃起しているじゃないか」
 揶揄する声に、そっと口唇を噛む。
(あなたが……こんなに近いからだ……!)
 スーツ越しとはいえ、彼の体温が感じられる。こんな状態で、欲望をかき立てられないはずがない。
 これもまた、冷泉ただ一人の秘密だ。
「俺はまだなんだ。……使わせてもらうぞ」
「あ……っ!」
 尻の狭間に、まだ柔らかい男のものが擦りつけられた。体を摺り合わせられた拍子に、机についていた手が滑る。そのまま胸を打ち付けるかと思って身構えたが、一瞬早くに男が冷泉を抱き寄せた。
「逃げるな」
「誰が、逃げてなんか……っ」
「体が離れた」
「あう……っ」
 耳朶を噛まれ、冷泉は小さく息を飲む。
 一瞬、庇われたのかと思った。
 こんなささやかなことにまで、馬鹿な勘違いをしている。そんな自分を、冷泉は嗤った。
 この男にとって、自分がどれほどどうでもいい人間なのか、わかっているはずなのに。
「く……っ」
 思いっきり腕を伸ばし、つっかえ棒にするように机の縁を掴む。そんな冷泉の腹は男の腕が抱きかかえたままだ。
 彼はそのまま、器用に腰を動かしはじめた。 
「……っ、う……」
 萎えた男の性器を尻の狭間に擦りつけられ、高めるように強いられている。摩擦運動がイイのか、性器がどんどん熱を帯び、硬くなりはじめていることは感じられた。
(……もっと、感じればいい……)
 男の熱に煽られ、冷泉の体も熱くなる。その熱を抑えこむように、冷泉は薄い口唇を噛みしめる。彼の欲望を感じるのは、快感だ。しかし、自分自身の欲情の昂ぶりは、男に知られたいものではないのだ。
 冷泉の尻に擦りつけられているものは、徐々にぬめりはじめる。冷淡な男の生々しい雄の部分を、肌で感じられた。
「ん……っ」
 つるっと滑った性器が、窄まった後孔を抉る。
(入る……!?)


                            この続きは、ノベルスでお楽しみくださいね♪

 欲得ずくで愛人をしていた男と飲みに行こうと思ったのはほんの気まぐれで、別に深い考えがあったわけじゃない。ちょっとした、思いつき。かつての馴染みと顔を合わせた、その懐かしさからだった。
 そんな感傷めいた行動は、らしくない。誘いかけた自分がちょっとおかしくて、でも悪くないと思えるようになったのは、年上の恋人のおかげだ。
 意地が悪いし、いつも余裕しゃくしゃくに構えていて、自分を突くのを楽しみにしているような男だが、彼の存在は心にゆとりのようなものを与えてくれたのだ。
 彼がいなくたって、生きていけるのかもしれない。しかし、彼がいなくては生きていてもつまらない。そんなふうに思える相手だ。
 彼の存在があってこそ、郁実は優しく、懐かしい気持ちで、昔を思い出すことができる。
 かつて肌を重ねた、長能公秋のことも。
(旧交を温めようってほどじゃないけどさ、ちょっと懐かしい顔と飲んでみたいって思っただけなんだ。……だから、その、なーんで、こんなことになってるのか、俺だってわかんねえよ。理不尽だよ!)
 きんと冷えた切り子のグラス片手に、安藝郁実は眉間に皺を寄せた。
 今、郁実がいるのは都内の料亭。紫檀のテーブルを、四人で囲っている。
 右隣にいるのは、目下のところ恋人である鷹匠恭次郎。そして、目の前にいるのはかつての愛人である長能公秋。長能の隣は、彼の秘書の冷泉だった。
 みんな、一度は同じ業界に生きた者同士だ。知らない顔ではない。
 とはいえ、知っている者なら話が弾むかといえば、そうはいかないから難しい。
(なんなんだ。さっきからの、この凍りつくような雰囲気は)
 これでは、高い酒もまずく感じる。行儀悪く、ずずっと音を立てるように冷酒をすすりながら、郁実は恋人とかつての愛人を見比べた。
 元はといえば、長能と飲みに行く約束を鷹匠に知られてしまったことから、すべてが始まった。
 郁実としてはやましい気持ちはなかったのだが、どうやら鷹匠は長能と郁実が二人っきりで会うことを好まないようだ。
 かつて肉体関係があった者同士の再会だ。勘ぐり過ぎだとは思ったが、鷹匠の微妙な心境を理解した郁実は、鷹匠が「私も一緒に行く」と言ったときに、反対はしなかった。
 だがしかし、鷹匠と長能は仇敵同士だ。二人とも分別ある大人だから、飲むときくらいは友好的に、とは思ったのだが……。
(いや、俺も、鷹匠が長能を追い詰めた件については、二人ともちくちくやり合うとは思っていたんだ。ちょっと見てみたいかもって、野次馬根性が働いたことも認める。ああ、そうさ。鉄火場って楽しいじゃん。でも、思っていたのと、違うぞ。これは……)
 鷹匠のことも、長能のことも、郁実は能力を認めている。その二人が、ぎりぎりの、丁々発止のやりとりをするのが見てみたかった。
 今となっては、鷹匠と長能は仕事のフィールドは違っているけれども、かつては同じ業界で戦った相手だ。
 郁実は、内面から輝き出るほどの力を持つ男が好きだ。いや、女だっていいけれども、相手が女となると、守ってやらなくてはならないという意識が強くなるから、胸が弾む高揚感というものを感じたりできない。自分は肉体的にバイだが、精神的にはゲイなのかもしれないと、思うこともある。男の姿に、魅せられてやまない。
 そんなわけで、自分好みの輝きを持つ二人の男が、過去のことなんかをクールに語ったり、時折ちくりと相手を刺したりする、舌戦を期待していた。刺激的で、スパイシーなものを。
 ところが、どことなくねっとりとした湿度を感じる展開になってしまい、郁実自身困惑していた。
(一番困惑しているのは、冷泉さんだろうな。かわいそうに。この中では、立場が弱いってことになるんだろうな。俺や鷹匠はともかく、長能の部下なんだから)
 長能の隣でかしこまっている、美貌の秘書を見やる。
 静かな面差しをした彼は、類まれな美貌の持ち主である長能と並ぶと、浮世離れした空気を漂わせる。長能の氷の刃のような美貌とは違い、もっと線が細い印象はあるのだが、物静かな中にも凛とした強さを感じさせた。
 郁実が長能の元にいたときは、せいぜい挨拶をした程度の仲だ。
 そういえば、長能とのセックスの現場に踏み込まれたこともあったことが、彼との印象的な思い出ということになるのかもしれない。
 前は、もっと静物のように、生気の感じられない美しさの持ち主だったが、今はそこに匂いたつような官能を感じる。
 こんなに色っぽい人だっただろうか、と郁実は首をひねった。なにせ、郁実が長能の愛人をしていたのは、五年以上前の話になる。人が変わるには、十分な時間かもしれない。
(鷹匠が、さっきからじろじろ見ているのもわかる気がするな……)
 人の神経を逆なでするような表情でほくそ笑んでいる恋人を、郁実は横目で睨んだ。何がどうというわけではないが、おもしろくない。
 顔を知っている程度の相手だろう冷泉に対して、鷹匠は思わせぶりな視線を向けていた。
「色目を使っているのか?」と、思ったりもしたが、なんだか自分を見るときとはニュアンスが違っている気がする。彼が誰かに欲望を抱くとき、どれだけ野生の獣じみたまなざしを魅せるのか、郁実はよく知っている。
 スーツの下に野性を潜ませているタイプの男には、ぞくぞくさせられる。はっきり言って、大好きだ。
 しかし、今の鷹匠は、そういう風情ではない。もっと落ち着いた……どことなく突き放したような顔をしているくせに、冷泉に興味があってたまらないようだ。
 自分に対する目と違うものを冷泉に向けていることに安堵はするものの、やはり彼が冷泉に興味を示しているらしいというのはおもしろくなかった。
 長能はというと、最初は普通に話をしていたのに、どんどん無口になっていった。そして今は、どことなくむっとしたような表情になっている。
 なにも、鷹匠が同席していることが不満というわけではないらしい。
 だいたい、鷹匠も一緒に飲みたいと言っているのだと伝えたら、長能はこだわりのない態度で快諾したのだ。
 郁実が知っている限り、長能という男はおよそ他人に関心のない性格だ。だから、鷹匠のことも、その持ち前の無関心さで、過去のことはさておいて、受け入れているのかと思った。
 だが、どうやら雲行きがアヤシイ。
 その雲行きが怪しい男二人の間で、冷泉はしおらしくうつむき加減になっている。
 郁実はもともと、からっとした気性だ。どうも、こういう視線だけで駆け引きをしている、ねっとりした空気は好きじゃない。
 それで、つい、恋人の膝をつまんでしまった。そして、小声で耳打ちをする。
「何じろじろ見ているんだ、鷹匠。そりゃ、冷泉さんはきれいだけど……」
「なんだ、妬いているのか」
「誰が! だいたい、人前で何言ってるんだよ」
 郁実はからっとしているが、何も自分の色恋沙汰について、触れて回りたい性格ではなかった。だから、必死で隠したりするつもりはないが、鷹匠との関係を長能たちの前で露わにしたいわけじゃない。
 思いっきり膝を摘みあげると、鷹匠はにやりと笑った。この男は、およそ焦ったり動揺したりしない。他人を焦らせたり動揺させたりするのは得意なのだが。
「……長能くんは、好みがずいぶん変わったようだな」
 鷹匠は郁実の手の甲を軽くなで、いなすと、なぜか長能へ声をかけた。
 冷泉の薄い肩が揺れ、長能は思いっきり眉をつり上げる。無表情男が、そんなふうに表情を変えるのは初めて見るから、郁実はついつい物珍しげな視線を向けてしまった。
 長能は、冷たく言葉を返す。
「それを言うためだけに、わざわざいらっしゃったんですか。かわいそうに。もともと、さばけていて、束縛を嫌う性格ですよ」
「それは、甘える喜びを知らなかったからだ。本当にかわいそうな子だ。前のが薄情者だったばかりに……」
 大仰に、鷹匠は嘆いてみせる。彼がそんなそぶりを見せるのは、主に相手を非難するときだ。
 郁実は、軽く肘で鷹匠をこづいた。
「なあ、なんの話をしている?」
 鷹匠は、優しげにほほえんだ。
「可愛い子猫の話だよ」
「は?」
 まったく話についていけず、郁実は瞬きをした。そんな郁実に対して、鷹匠はしたり顔になる。
「薄情者の飼い主から引き取った子猫は、愛されることを知って、今はとっても甘えたがりで可愛いくなっているという、幸せな話だ」
「なんでいきなり、そういう話を?」
「長能くんは、知りたいだろうとね」
「長能が、なんで猫のことなんて気にするんだ? こいつ、取引先の愛犬家に写真見せびらかされても、『茶色ですね』なんて、空気読めないコメントを平然と言う男だぞ」
 郁実が首をかしげていると、鷹匠は意味深な笑みを浮かべた。
「人は変わるものだよ、郁実。君もだろう?」
「あんたの話が回りくどいのはいつものことだけど、今日は本当にさっぱりわからない」
「それは、君のためだよ」
「俺?」
 鷹匠は、それはそれは慈愛深い声音でのたまう。
「意味が通じてしまったら、君は私としばらく口をきいてくれなくなるからね。……恥ずかしがって」
「あんたのそういう思わせぶりなところ、いらいらする。はっきり言えよ」
「二人っきりになってからだ」
「寝言言ってんなよな」
 鼻の頭に皺を寄せて反論すると、鷹匠はくつくつと笑った。
 長能は、どういうわけか暑そうに手でのど元を煽り、冷泉はそっと彼のネクタイに手を伸ばして、慣れた手つきでゆるめはじめる。
(……なんだか、俺は今、一人で空気になじんでいない……気がする……)
 ずっと幼いころから、郁実は他人を思いやるということをしなかった。他人を押しのけなければ、自分の居場所を確保することもできなかったからだ。
 まともに感情の交流を図れなかった郁実は、情緒的に未熟なところがあるらしい。他人の感情に疎いのだ。だから、鷹匠のように、普段ははぐらかしてばかりでも、いざという時にはっきり言ってくれる相手はありがたかった。
「鷹匠」
 郁実は、またこそこそと鷹匠に耳打ちした。
「俺は今、何か言ってはいけないことを言ったのか」
「どうして、そう思うんだね?」
「空気を読めていない気がする」
「いやいや、大丈夫。君はいるだけで場の空気を変え、華やがせる存在だから。小さいことは気にするな」
「……ほめられてるような、けなされているような……」
 思案顔になったまま、ちらりと長能に視線を向ければ、彼は微苦笑を浮かべていた。
 驚いた。彼がそんな顔をしているところなんて、初めて見た。なんて優しげな表情なんだろう。そんなふうに笑えるなんて、郁実はまったく知らなかった。
「……長能」
「なんだ」
「居心地の悪くなるような顔で、俺を見るな」
「そういうところは、相変わらずだ」
 長能は、いつもどおりの無表情に戻る。しかし、柔らかな空気をまとわせたままだ。
 こいつも変わったんだな、と郁実は思った。
 五年の歳月は、やはり人を変える。
 そして、おそらく、郁実にも長能にも、よりよい形で。

「……ところで」
 料亭の庭を物珍しげに見回している郁実の姿をいとおしげに眺めていると、横合いから長能が声をかけてきた。
 鷹匠は、ちらりと彼を見やる。
 あいかわらずの美貌だ。苦難を乗り越えたためか、風格と落ち着きをましている。男を惚れさせる横顔になったと、鷹匠は思った。
「郁実は、まったく無自覚ですか」
「そうだ」
「……」
 長能は、なんとも言い難い表情になった。
 かつて自分の愛人だった郁実とはまったく別人になっていると言いたいのか、鷹匠との間に、いかにもデキていますというオーラを醸し出していることに気づいていないなんてありえないと言いたいのか、あるいは両方かもしれない。
 長能は、食事中からずっと当てられっぱなしだったようだ。最後には、わざとらしく暑がっているふりをしているように見えたのだが、あれはどうやら、本気で「当てられてのぼせた」状況だったらしい。
 かいがいしく、傍らの秘書がネクタイをゆるめてやっていたが、あれをさも当然という態度で受け入れている長能も、たいがい臆面のない男だと思う。
「どうだね、可愛いくなっただろう。私の傍だとリラックスできるせいか、仕草も表情も、最近はとみに子供っぽくなることもある。相変わらず鼻っ柱は強いし、意地っぱりで、ひねたところもあるが、一皮剥けば、天衣無縫の素直さだ」
 勝ち誇ったように、鷹匠は笑う。
 甘えることを覚えた子猫は、自分以外の人間にも可愛い仕草をみせることがある。独り占めしたいというのは本音だが、それは年上の恋人として抑えておく。恋人には、度量の広い、いい男だと思っていてほしいものである。
 何よりも、郁実の高慢なほどの華やかさに、なんとも言えない甘さとかわいらしさが加わったのは、他ならぬ鷹匠の存在があるからだと自負している。そうであるならば、あんなに可愛いのだから、見せびらかしてやりたいではないか。
 ことに、彼にとっては初めての男だったという、長能には。
 どれだけ理性的に考えようと、郁実の最後の男は自分なのだと思っていても、初めての男の存在には心穏やかにはいられない。
 さばさばした性格の郁実が、単に懐かしがって鷹匠に会おうとしただけだとしても。
(まあ、せめてもの意趣返しはさせてもらったが)
 自分たちから数歩離れた場所にたたずむ美貌の秘書を見やって、鷹匠はにやりと笑う。
 郁実も知人ということで連れてきたと長能は言っていたが、一目でわかった。あの冷泉という秘書こそ、今の長能の愛人なのだろうと。
 触れた瞬間の表情、空気感で、それこそ関係はあることが手にとるように伝わってきた。郁実は人情の機微に疎いので、おそらく気づいていないだろうけれど。
 なにせ彼は、自分が鷹匠にはどれだけ甘えた顔を見せているかということさえ、まったく自覚がないのだ。鷹匠との関係は、自分から口にしない限りばれないと思っている。
 小生意気なくせに、びっくりするほど可愛い男だ。
 長能は、ちらりと郁実を見やった。
「……幸せそうで、何よりですよ」
「もちろん」
「割れ鍋に綴じ蓋という奴ですね」
「君もな」
 あっさり返してやれば、今度は長能が勝ち誇ったように笑う。
「いいえ、違います」
 そして彼は、郁実に向けていた弟を慈しむ兄のようなまなざしとはまったく違う、激しい執着と情愛がこもった目で、自分の秘書を見つめた。
「あれは、俺には過ぎたパートナーです。しかし、俺でなくてはいやだ、俺がどうしてもいいというのですよ」
 自信たっぷりに、長能は笑う。
 鷹匠も、だてに長くは生きていないので、人は誰かと巡りあって、そして離れていくものだということを知っている。
 たとえば、長能と郁実のように。
 しかし、いつの日か、己の半身とも言えるような相手に出会うことがある。強く結びつき、人生を分かつように生きていくパートナーと。
 それが長能の場合はあの秘書で、そして郁実は鷹匠なのだ。郁実にそんなことを言ったら、反論は山ほど帰ってくるかもしれない。しかし、鷹匠は誰よりも郁実を愛し、幸せにしてやれる自信がある。そうでなかったら、誰が強引に奪ったりするものか。
 一度この腕にとらえたからには、生涯かけて尽くす。守る。そして、彼をよりよく、より美しく、より幸福な方向へと導いてやりたい。
「鷹匠、どうかしたのか?」
 見られていることに気づいたのか、郁実はくるっと振り返る。生き生きとした瞳が、彼の華やかな美貌を、ひときわ輝かせた。
 その彼を、腕の中で自由に遊ばせ、ときには研磨し、さらに明るく輝かせる。それができるのは、鷹匠だけだ。こんな幸せが、他にあるだろうか。
「いや……。君に見とれていただけだよ」
「……っ」
 絶句した郁実は、夜目にも顔が赤い。
 彼はすごい勢いで駆け寄ってきたかと思うと、鷹匠の腕をとり、ぐいぐい引っ張りだした。そして、長能たちから引き離すと、こっそり耳打ちする。
「あんたな……。誤解されたらどうするんだよ」
「誤解じゃないだろう?」
 軽く口唇を奪えば、郁実は耳朶まで赤く染めた。
「鷹匠!」
「さあ、そろそろ帰ろうか。夜は長いから、もちろん私のマンションへ」
「いやだ」
 つんと、取り澄ました横顔を見せつける郁実の意地っ張りぶりが微笑ましくて、鷹匠の口元をゆるみっぱなしだ。
「振られたか。秋の夜長に一人は寂しいな。かわりに、長能くんでも誘おうかな」
「な、長能……?! それはだめだ!」
 郁実は、ぐいっと顔を近づけてきた。
「あんた、ああいうほうが好みなのか。そりゃ、きれいな顔だけど……。あんたとあいつじゃ、絶対に喧嘩になるからやめておけよ」
「ほお? どうしてだね」
「どっちが抱くか、抱かれるか。セックスの不一致は最悪だぞ」
 大まじめに郁実が言うので、つい鷹匠は吹き出してしまった。これでも、牽制しようとしているのだが、即物的なのが郁実らしい。
「では、不毛な夜から我々を救うために、君が私のところにおいで」
 至極まじめに言ってやれば、「仕方ないな」なんて、郁実は悪戯っぽく笑った。
 この上もなく、幸せそうな笑顔で。
    


                                                          第一夜/end

 
WEB小説トップへ戻る
 
ご意見・ご感想はこちら
 
 
 
 

 
 
     
 プライバシーポリシー  サイトマップ  お問い合わせ Copyright (C) 2004- arlesnovels. All Rights Reserved.